Harukiya Archives

2008/10/16

http://sug.blog2.fc2.com/?overture


2007/09/08

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-907.html

えっけんさん@ekken(サイト名変えたのですか?)やその経由で「無断リンク禁止」周辺の話を読みながら、ひとりブレストして考えたことなど。

いきなりネタっぽいですけど、リンクの定義が世間一般( WEB 界隈)と自分の感覚とではズレがあります。

と、まあこの辺が世間一般でリンクと呼ばれるものでしょう。が、自分の場合はこれに加えて

などもリンクと認識している。ようするに、アドレスとファイルが結びつけられた状態はすべて「リンク」「リンケージ」である、と言葉どおりに受取っています(つまり、内容を確認=「無断リンク禁止宣言」を知る前に成立してしまうリンクもあるのですねー、といったヨタ話は(/ ̄▽ ̄)/オイトイテ)。で、「無断リンク禁止」を宣言している人も僕の考えているリンクと同様な範囲を含んでいるのじゃないかな、と思ったりもするのですよ。例えば、うちのサイト(平均 20ビュー/ 1日)から無断リンクされるより、学校の授業で使われるパソコンに「無断お気に入り」されたり履歴が残っていたりする方が、予期せぬ来訪者の数はずっと多くなりそのぶん心労?も大きくなるのではないでしょうか(教材パソコンは管理者権限で設定をさわれなくしてあるという可能性もありますが。まあ、例なので)。

実のところ「無断リンク禁止」を宣言している一部の人の本心は「無断」や「リンク」そのものが嫌なわけではなくて、不特定多数に読まれる/見られるだけなのがつまらないと感じているのではないでしょうか。本当は、ただ反応やコメントが欲しいだけで。許可制にすればリンクを与えるときに相応の理由や感想がもらえるはずだ、と、その裏返しの気持ちが「無断リンク禁止」という言葉になって現れているように感じるのですけど、深読みしすぎですか。

だとしたら「無断リンク禁止」という言葉はアクが強すぎて逆効果になってしまう気がするのですけどね。「感想をください」がストレートすぎてこっ恥ずかしいなら「足跡残していってね」とか。そういえば、ゲストブックというのも最近見かけなくなりましたなあ。で、ついでというか本題。共有テンプレにおいても、テンプレート説明の欄に「××禁止」なんて書いちゃうから、規約違反だ!とか、強制させる方法は?とか本筋から離れていってしまうのではないのかな。誰も、使って欲しくない人を想定してテンプレを作っているわけではないでしょう。喜んで使ってくれる人や新作を待ち望んでいる人を想って日夜努力しているのだと思います。そういう人たちに向けたメッセージを送った方が気持ちよくないですか?自分も相手も。


2007/08/21

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-895.html

こうエクセレントなシャレを思いついたときってグーグル先生に聞いてみますよね?


2007/08/13

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-890.html

思い出したように、ついビデ検してしまう canon rock で、またまた素敵なプレイを見つけてしまった(と、いってもアップされたのは半年以上も前ですけど)。

タイトルどおりのピアノバージョンで演奏してる方は日本のお嬢さん。なんと、エイティーン!

ギター版カノンロックを聴くと「自分でも弾いてみてぇ」なんて燃えるけど(挫折したけど)、これがピアノバージョンになると「そばにいて、女性に弾いてもらいてー」なんて思いますよね、男なら。打鍵系カノン(& ロック)の映像もいくつか観たけど、この人はダントツにうまい。自分の中から音楽を生み出せる人ってやっぱりすごい。

プラスして「カメラマンが頑張ってるなぁ」と感じさせる「映像作品」にもなっている。多くの”カノンロック”は長回しで完奏テイクを見せる(みたいな暗黙のルールがあると思っていた)のに対して、こちらは編集を入れてストーリー性を持たせている。そののどかなロケーションと褪せた色合いが、なにやら懐かしさを感じさせる仕上がりになってます。あー、山へ行きたい。


2007/07/24

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-872.html

あの名曲が「太鼓の達人」に。もー、キーボード壊れそうです。


2007/07/24

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-871.html

とりあえず現実社会ってのは、歴史的背景や(大小ローカル)ルールや与えられた名前という、お膳立てのある状態で人生がはじまるわけでして。まあ、生き方や環境を変えてゆくことは努力しだいでなんとかなる部分でもあるけど、スタート時点においてシード(笑)や枷やあるいは防護壁があることには違いない。けど、インターネットは良くも悪くも無法地帯で、究極のリベラリズムエリアでしょう。参加するしないも自由だし、自分が誰であるかさえも自分で決められる。何を目的として、いつどのように発信するかをすべて個々人が決めてゆける。この多様性というのはつまるところ可能性なのだ。光あるところに影ができる、酸いも甘いも、安全も危険もあるという現実(バーチャルか?)が、考える力や自分と他人・自分と世界のバランス感覚を育ててゆくのじゃないかな。クリーンで安全で便利という完璧な形がすばらしいのではなく、完成を目指す姿勢に価値があるのだと思うね。


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