Harukiya Archives

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2007/07/31

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-878.html


2007/07/31

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-877.html

MY 割(別名、ひとり家族割)au by KDDI が出た時「ちょっと、どうなの?」と引っかかりを感じていたカッコええネーミング研究家のワタクシですが、今回の誰でも割にいたって au は言葉の概念を超越したと感じました――「ソレ割引ちゃうやろ!?」というようなたわいない雑談をしていた午後の昼下がり。

以前この日記に登場した T 田先輩(通話中いきなり怒り出して電話を投げつけ壊す属性の持ち主)が「これはオレのためのプランに違いない」と言い出した。頻繁に電話会社を替えると、積み上げてきた割引がパーになるのが悔しかったそうだ。
「誰でもいつでも半額なら、気兼ねなく壊せるじゃないか(注:破壊を躊躇しているようには見えない)。どうせ電話機は 0 円のしか買わないし(注:現在は 1 円が最低ラインか?)」
「いやー、2 年間契約が前提らしいッスよ。途中で(新規に)買い換えると違約金とか取られるのじゃないかな?」
「うむ、そんなにはもたないなァ(注:堪忍袋の耐久性が)」

たぶん、T 田先輩には割引といった無形のサービスではなく、ゴム製ストラップのような物理的システムがあうと思った。


2007/07/29

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-876.html

政治について切実に考えざるをえない状況に較べれば、政治のことを意識せずに暮らせるほうがどれだけ幸福ではないか…、とそんな意味ではないでしょうか。

耳呈さん@ポエツ | poets より。まあ、ワタクシも結果的には投票に行きませんでしたが、自分なりに「こうだったらいいなあ」というような制度改革案(年金問題の財源なんてアレをナニすれば簡単に解決するだろうみたいなの)は持っています。ただ、これは大多数の国民には絶対に受け入れられないアイディア(当然そんなマニフェストを上げてる政党は皆無)なので儀礼的無関心を装っているというか、妥当な線に落ち着くためにはニッチな雑音が入らない方が良い、ということを経験的に知っているだけというか・・・民主主義バンザイですよ。

気を取り直して。FC2 ブログ新管理画面のテストが始まったわけですけど、検索してみてもコレに関する反応エントリがほとんどありませんね。ただ単に気づかないだけか、管理画面(や細部の機能)がどうなろうと自分のブログスタイルは変わらん!という人が多いのか、ま、両方でしょうけども。FC2 側がこのバージョンアップでトラフィック減を狙っているのなら、もうちょい効果的なアナウンスが必要ですね。今回の改訂は、政治的には非常にニッチな市場――カスタム命なのは全体の 1% 以下のブロガである――へ向けてのものだったと改めて思ったしだい。次はぜひ写真関連(カスタムマニアの 20倍の潜在層(当社比))のサービスをひとつブチ上げて欲しい所です。


2007/07/27

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-875.html

care you too.


2007/07/26

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-874.html

メモリカード

マクロレンズは被写体にビタッと近寄れ、小さなものを画面いっぱいに撮れるのが特徴だ。室内でブツ撮りをするときなど、そこいらにある積み上げた雑誌やら脱ぎ捨てた靴下やら、余計なものが写りこまないのでなかなか便利である(でも、ブツについたホコリの一粒まで写しとってしまうのは考えものだ)。この”ブツ撮り”というもの、写真のジャンルとしては非常に特殊なモノだなあ?と感じることがある。

我がヒョウタンライフは散歩しながらの撮影をデフォルトとしている。例えば花を撮るとして、360 度どの位置からでも狙えるという状況は滅多にない。天気だってその時しだいで、照ったり翳ったりめまぐるしい場合もあれば、必死こいてピント合わせしてるのに風が吹く(なぜか法則レベルで起きる)こともあるし、ネコが横切ったりもする。つまり、お散歩写真とは不確定要素だらけの中でよりベターな絵を探すという作業なのであーる。ってほど、すんばらしい写真を撮ってるわけではないのだけれども。

だが、ブツ撮り写真の場合だけはちょっと異質で、何を背景に置いて、どの角度から、どのように陰影をつけるか、などなどをすべて自分でセッティングすることができる。妥協さえしなければ、自分のイメージするベストな写真が撮れるのである。散歩に限らず、あらゆる写真がすでにある風景の一部を切り取っているのに対して、ブツ撮りだけは風景そのものを作り出しているといえるのではないか。撮影者の考え方や世界観が如実にあらわれてしまう、という点において、ブツ撮りすること、あるいは先達フォトロガーのブツ撮り写真を鑑賞することは、面白くもあり怖くもある。


2007/07/25

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-873.html

2 鯖でも新管理システムがテスト導入されたもより。2004 年暮れに FC2 ブログを開設したときもβ版だったのだけど、正式バージョンに気づかぬうちに改定された。

CSS レイアウト化されて読み込みが体感的に早くなった。が、書き込みの方はさほど変わっていない感じ( AIR-EDGE か?えっじがわるいのかー)。機知の不具合に上がっておらず、気づいた点は「コメント本文内のオートリンク」の設定が新旧どちらで設定しても結果が一致しない、といったところ。さしあたって自分的に現時点で不足している機能はないので、現行システムをメインに使いながら「新管理、どこが変わったのか?」の探索はぼちぼちと見ていきます。


2007/07/24

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-872.html

あの名曲が「太鼓の達人」に。もー、キーボード壊れそうです。


2007/07/24

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とりあえず現実社会ってのは、歴史的背景や(大小ローカル)ルールや与えられた名前という、お膳立てのある状態で人生がはじまるわけでして。まあ、生き方や環境を変えてゆくことは努力しだいでなんとかなる部分でもあるけど、スタート時点においてシード(笑)や枷やあるいは防護壁があることには違いない。けど、インターネットは良くも悪くも無法地帯で、究極のリベラリズムエリアでしょう。参加するしないも自由だし、自分が誰であるかさえも自分で決められる。何を目的として、いつどのように発信するかをすべて個々人が決めてゆける。この多様性というのはつまるところ可能性なのだ。光あるところに影ができる、酸いも甘いも、安全も危険もあるという現実(バーチャルか?)が、考える力や自分と他人・自分と世界のバランス感覚を育ててゆくのじゃないかな。クリーンで安全で便利という完璧な形がすばらしいのではなく、完成を目指す姿勢に価値があるのだと思うね。


2007/07/22

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-870.html

ネットでの実名・匿名・コテハン、どれがいいかという話。

WWW について言えば、参加者は実名のみを使い、所属や経歴があきらかでない者は排除するコミュニティというものがあっても全然構わないと思うし、名前はおろか肩書きも後ろ盾もいっさいなしのコンテンツ一本で勝負する場があっても良いと思う。共存できないわけではないし、それらを許容する程度の広さが WWW にはある。まあ、正直な話「どれでもいい、色々あった方が面白い」ってのがワタクシの意見なのですけど、「どれにするか」を選ぶのは自分自身で考えて決める=自己責任、というのが大前提になってくるのじゃないかと。

そもそもネットであろうが現実社会であろうが、悪意を持つ者というのは一定の割合でいる。そういうものだ、という事実をまず認識しておかなければならない。もうひとつ、犯罪者を法で裁くというのは事後処理を指してるという点も考慮のポイントになるだろう。これは抑止に繋がるというメリットも考えられるが、犯罪防止には力不足である(現に実社会での犯罪がなくならない)のも、また事実。

ところが、著作権問題の時にも書いたけど WWW には被害者も加害者も出さない方法というのがあるんですねえ。それは「どう扱われても構わないものだけをアップする」(ちなみに、クオリティの高低とは無関係)という非常にシンプルなルールを厳守すること。「中傷コメント」や「パクリ」「素通り」などなどすべての反応を想定の範囲に含めてコンテンツを作ってゆけば、それらは被害とはならない。そういう点からかんがみて、デリケートな扱いをしていただきたいワシのプロフィールや身体的欠陥や性癖はこの日記に書かれていないのです。法律に頼る前にまず自律。


2007/07/20

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昼に U-SEN で聞いたひとりぽっちで踊らせて/中島みゆき( iTMS )を購入。”ひとり上手”の方がヒットしたのだけど、自分は静かな意志を感じさせる、こちらの曲が好き。今夜から利口になるのというフレーズにグッとくる、色々と。


2007/07/20

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当選確率がいかに低かろうとも買わなきゃ確率ゼロなのであるからして1枚でも買えば「買わない」に比べて当選確率は無限大!

AL2 より。namaco さんの結論はそこではないのですけど、この考え方は好きなので自分もよくやる。

で、新管理画面がらみの話。わりと簡単な部分なので話題の焦点にされやすいのだけど「機能を増やす」だとか「読み込みを軽くする」みたいなアイディアを出すことが、ブログを使いやすくすることに繋がってゆくのは間違いないと思う。だが、実はそこはゴールではなく、使いやすくなったことで「新規参入やFC2 へサービス移行してくる人が増えた」「気軽にガンガン更新できるようになった」・・・途中はしょるけど「広告収入が増えた」という結果までもっていってこそリニュの成功か否かが決まるのでは?(悲しいけど、これ戦争なのよね)。

確かにいい道具ってのは、モチベーションを高めてくれるという部分があるけれど、なんつうかもっと根源的な「書こう」「書きたい」「更新しなきゃ」(きゃー)といった方面のアイディアも欲しいところだ、なんて思ったりもする。そこで最初の引用ですよ。「思ったり考えたりしたことを記録しておかなきゃあ、ただ忘却の彼方へ消えゆくのみで発展性はゼロに近いのだけど、とりあえずブログにチョコチョコっと書いておけば、何かになる可能性は無限大なんじゃん?」というような啓示として読み取りました。ゼロと無限大の差は無限大だけど、文学賞作品とチラ裏の差は無限大ほどは無いはずだ(意味不明)。

では、本文イキマス。”サマージャンボ”と聞くと、嘉門達夫の”夏のサマー”を思い出すのだけど YouTube や iTMSで探しても無いんだよね(だまってコレだけ書いたらチラ裏だから、論理的背景も書いてみたんだ)。


2007/07/19

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そもそも、チャンスというのは行き詰った時にしか来ないんですよ。


2007/07/18

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クロスブラウザっていうと「A ブラウザと B ブラウザでの表示が同じ」って捉えてる人が多いようだけど、本当のところ「A および B に対応している」という程度の意味しかないのでは?でないと、表示以外に作用するクロスブラウザなスクリプトの定義があいあまいになってしまう。テキスト系 UA とビュジュアル系 UA でのクロスブラウザ、携帯電話・PC 両用のクロスブラウザコードというのもありえるはず。ある技術が通用しないブラウザでもエラー処理がきちんとされていてメインコンテンツを伝えることができるコードなら、それはクロスブラウザと呼んでもいいんじゃね?


2007/07/18

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-865.html

先日「自転車が欲しい」と書いたのだけど、実はコレ超一流の叙述トリックでして、実家の母より受け継いだ(正真正銘の)ママチャリを所有してるのであった。そういう経緯なので後のドロヨケ部分に墨黒々とマイマザーズネームが書かれてあります。女性のひとりぐらしは危険だから玄関に男物の靴を置いておけ、というのの裏バージョンとでも言いましょうか。手ぬぐいをマフラー代わりにして近所の銭湯へと乗りつけるならコイツでも問題ないけれど、フォトグラファー sug が被写体を追い求めるための愛馬とするにはチト荷が重かろう。毎度よくわからん理屈はおいといて、ハートにビビッときたチャリンコを見つけたので貼っておきます。

どうです?このフレームの邪悪っぽさ。対するファニーなホイールのアンバランス感とサドルのシズル感(韻ふんだだけ)。写真を撮りにいきたくなるというよりも、コレを撮ってるほうが楽しいんじゃまいか。

某板(今でも飽和状態なのに、これから自転車板もチェックしなければならないのかッ)によると、ミニベロやマメチャリがポタリングの静かなブームなんだそうな(← 知ってる単語は「静かなブーム」だけだった)。小さなカメラと小さな自転車、小心者のワシにきっと似合うに違いない。


2007/07/17

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-864.html

なにやら 2鯖界隈にアヤシゲなエラーメッセージが出ております。いよいよ、噂の 2鯖から呪いの 2鯖へと成長したか。警告が怖くて暗黒が務まるかーってスクリプトを書きましたよ、慟哭しながらも > delmess.js

<body> 直下に書き出されるエラーメッセージをとりあえず、泥縄的に消します。上記ファイルを DL & アップロードの後、<body> 要素開始タグ直後でリンクしてください。親方 FC2 の方で改善されたら捨ててね。

  1. </head>
  2. <body><script type="text/javascript" src="./file/delmess.js"></script>

ちょー短いけれどロジック的にはけっこう面白い。「スクリプトってこういうもんだよな」って思えてくる。

FC2AD の中の http://seo.fc2.com/searchengine/fc2se.js がエラーを出しているようですけど、この警告と関係してるのだろうか。スクリプトエラーは正規表現の”/ ”のエスケープ漏れが原因のようです。ここを見ていたら確認おながいします > FC2 の中の方。


2007/07/16

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-863.html

筑波山

海の日だったけど山へは行かず、とりあえず眺めただけの筑波山。すっかり夏の日差しで、散歩するだけで流れる汗はナイアガラ。

子供の頃、こんなコワイ話を読んだ。

『昔ある所に欲深い農民の男がおって、もっと自分の土地を増やせないものかといつも考えていた。ある時「一日歩いた範囲の土地をもらえる」という噂を聞き、その地主に会いに行ったんじゃ。地主は言った「太陽が昇ると同時に歩きだし陽が沈むまでに出発点に戻ってくれば、そのコースの中身は全部あなたのものです」と。翌朝、男は日の出と共に南に向かって歩き出した。4時間ほど歩いたところで東へ進路をとる。スクエアでよりワイドな土地が欲しかったからギリギリのスケジュールじゃ。また 4時間歩いて、次は北へと向かう。ところがじゃ、すでに太陽は傾きかけておった。「まにあわないかもー!」男はあせったね。靴も食料もほうりだして走り出した。最後に西へと向きを変え(ここが演出の上手いところだと思うんじゃよ:sug 談)夕日に向って必死に歩みを進めた。無常にも太陽はどんどん沈んでゆく。意識はもうろう、からだじゅう汗まみれ、足ももつれる。じゃが、ど根性で、最後は這うようにして出発点 & ゴールへとたどり着いた。かなたの地平線はほんのわずかじゃが明るかった。「おめでとう!この土地はあなたのものです」と地主が男を抱き起こす。ところが、男はすべての力を使い果たし、そのまま帰らぬ人となっておったのじゃよ。』

えーと。丸ごと転載というか、オリジナルがどんなだったか思い出せないんで全然違う話になってるかもしれない。大事なことは、イマワノキワに男は「自転車があればなあ」と、こう思っただろうという部分で、実はワシも今、モーレツに自転車が欲しいんである。先輩(勝手にそう呼ぶ)お散歩カメラマンブロガの記事を読むにつれ「そうか、俺の写真に足りないのは自転車という機動力だ」(他にも色々足りないが)と確信するに至ったのである。カッコいい鉄塔があればそこまで歩いてゆくのがヒョウタンライフカメラマン、とか言ってはみたものの、やっぱ遠いし、夏は歩くと暑いじゃん。


2007/07/15

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-862.html

新管理画面が「こうだったらいいなあ」というネタを一発。まず、現状の管理画面(システム)とユーザの関係をみると、システムの送ってくる画面(インターフェイス)にはサイド部分に階層メニューがあってユーザはそこから大分類→中分類→小分類と選択して目的の画面をメイン部分に読み込み必要事項を入力して返す、という作業を行っている。この”毎回、全メニューを読み込む”、”一足飛びにジャンプできない”というのが(回線弱者である)僕にとって最大の不満である。また、階層メニュー(木構造)の弱点として、ひとつでも選択を誤ると目的地にたどりつけない→他のページをうろうろ探す→さらに「重たい」という錯覚が増す、という悪循環もあったりする。

さて、問題点が明らかになれば解答の半分は済んだようなもの。システムは何故、全メニューを毎ページに出力しなければならないのか?それは、ユーザが何をしたいのかが解らないから「とりあえず全部出してくる」のです。ならば、まずユーザが自分の目的をシステムに伝えることができれば、長いメニューを読み込んだり中間ページを経由することなく、その時に必要なページ(インターフェイス)だけを送り返すことも可能となるはず。これは処理的にも時間的にもトラフィック減につながり両者にメリットがある仕様と思われる。

で、具体的なデザインはというと何のことはない「検索窓をつける」である(石とか投げないように)。既存の管理ページ郡はそのままに、さらにページをひとつ増やす(各ページに検索窓をつけるのではない)。内容は、新記事投稿・ファイルアップロード・テンプレ、などのリクエストの頻度が高いであろう数個のリンクのみとし、あとは検索フォーム・インプット・ボタンだけの構成(イメージ的にはグーグル)で、サイドメニューはもちろん無し(当社概算では 500バイト 程度のページになる)。ユーザはやりたいこと、あるいは、管理について知りたいキーワードをリクエストし、システムは該当する個別管理ページへのリンクとそのページの概要・説明を返す。例えばユーザが「記事」と検索ワードを送れば

といったような結果がフォームの下部に出力される(サマリはもう少し詳しく^^)。この時に、ユーザの入力が詳細になされ、システム側が該当ページはひとつだけと判定できるなら直接そのページを開くようにする。要求レベルによって逆引きマニュアルにも実行にも使えひとつぶで二度おいしいし、今後の機能拡大で個別ページが増えても破綻しない。

・・・あたりまえすぎますかね。でわ、もうちょっとコアユーザ向けな仕掛けも考えてみましょう。

システム側から見た個別管理ページというのは、実はごく小さなパラメータを受取るためだけにあって、ページに出力しているほとんどの部分はユーザへの値を変えた場合の説明や値の入力補助の要素に過ぎない(たぶん)。つまり、効果を知っていて適切な値をシステムに直接リクエストできるのならページそのものが不用になる。で、この”新”検索用インプットはコマンドやワンライナを受け付けられるようにするんであーる(だんだん妄想っぽくなってまいりました)。例えば、スパムコメントがついたとする。自分の場合ブログを見て気づくパターンなので、その時点でコメント NO は解っている。新画面(もうあるつもり)のインプットに

> del comment 1234

と入力して送信、これでおしまい(いちおう”>”は「検索ではなくコマンドだよ」ってシステムとのお約束のつもり。コマンドの説明は > ? でフォーム下部に出力される脳内設定)。バックアップしましょうキャンペーン中なら > backup all あるいは > backup 200706 てな感じで。実行後に確認のためページ変移があってもいいけど、その時点ではユーザの目的は果たされているので読み込みが遅くても全然平気。「いまさら CUI かー?」と思うかもしれない。だが、そもそもブロガは書くことが仕事なので一行くらいタイプ量が増えてもビクともしないのだよ(けど、履歴機能とかもあるといいかも)。うーむ、書いてるうちに本当に欲しくなってきたゾ(ということはやっぱりネタ?)。

FC2 ブログの機能が充実すれば便利になる。だが、実際に自分が使う機能でなければそれは無いのと同然である。無いものによって現状が悪くなるのでは結果的にマイナスでしかない。ブログもこの管理画面と同じ構造で、ログが増えてくれば絶対にぶちあたる問題でもある。これは書き手(送り手)主体のインターフェイスの特徴ともいえるだろう。多くの場合ユーザ(読み手)は目的を持ってページを開いている。その目的を知る(あるいはグッと日本的に察する)といった、ちょっとした歩み寄りがムダを減らし、使いやすくなるヒントじゃないかと思う。


2007/07/13

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-861.html

海の日に山へ行く。


2007/07/12

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-860.html

数ヶ月前より VAIO 君の調子がいまいちなんである。物理的にキーも傾いてるし。常用ソフトも少ないので、過去こういうピンチな時には再インスコでしのいできたのだけど、カレとも足掛け 5 年になるし「そろそろ、買い換えようか」なんて考えておる。でもまあどうせなら、新居+光ナントカ+ゴミののってないデスクの上にこそ、ニューマシンはふさわしいと騙し騙し使ってるワケ。あと心配なのが VAIO 君だけが覚えているそこここのパスワード、これが消えちゃうのって結構ダメージあるんとちゃうか?ってこと(問い合わせて教えてくれる所ばかりじゃない)。こりゃクッキーの比じゃないでしょ。みんなパソコン買い換える時、どうやってこの手のブツを引っ越ししてるのですか。どこをバックアップすればいいのでしょうか。


2007/07/11

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-859.html

某所で Opera 9 をさわる機会があって document.styleSheets がサポートされたのを知り感激した( WEB 標準の日的ネタ)。読み込みも早いし、メインブラウザにしようかな・・・でも、なぜか窓が WIN アプリっぽくないんだよねコレ。


2007/07/11

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-858.html

またまたエフセレブ界隈が静かだなーと思ってたら、みなさんテスターやってたんですね(情報遅ッ)。かかりっきりだと「新画面ってそんなにバグだらけなん!?」って不安になるので、本家の方もたまには更新してください(敵を欺くにはまず味方から)。

現フォトログは 365 エントリで終了する予定なので、次なるフォトログの構想を練っている。長辺 1000 ピクセル位の写真を載せたい(そーゆうのが撮れるようになるかが最大の課題だ)。今のものよりもメニューを廃し、写真そのものをアンカーにしてページを繰るアルバム風にしたい。となると FC2 ブログの機能だけじゃ不足してくる(終端のファイルが特定できない)ので、新変数が欲しいと安易に考えてしまうのだが、ちょっと待て。そんな 100 人中 1 人が使うかどうかという変数を増やすことに意味があるだろうか。自分のような目的の場合は、ホームページスペース( FC2WEB とか FC2WEB など)でも借りて、真の意味のテンプレを作成・編集してアップしてゆく方が柔軟なサイト作りができるんじゃまいか。

ブログは簡単お手軽で更新したい時にサッと更新できるところが魅力。複雑な設定や機能が増えて、使いにくくならないよう、シンプルで軽い新管理画面ができますように (-人― )" ナムナム。


2007/07/10

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-857.html

言われてみると、テンプレートを作る手順って考えたことがなかったような。CSS を書くには HTML が無ければばならんしマークアップするには元の文章が無きゃムリポって単純に思っていた(カメラ買うにはお金がいる、だから働こうみたいな)。で、ログがたまるにつれてホコロビつうか手狭感?がでてきて、何度かモデルチェンジしながら現在に至っている。

この「テンプレを変えねば」と考える理由は中身に合わせるためで、ガワに合わせてコンテンツをスリム化するより圧倒的に楽だから。仕事の比重では、文章(ネタ日記)を書く作業に 90% / それをマークアップする部分で 9% / 見映えを整えるのに 1% の労力といったところか。これが日頃の更新となると CSS なんてまったくいじらないので 0% になる。「 CSS は好きに書いて良い」と日頃から放言してるのは、WEB ページにおいて、もっとも責任の度合いが少ないところだと考えているからだろう。


2007/07/08

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SIGMA 28mm/F2.8 Macro

E-410 ではズームばかりだったので、久々のヒョウタンライフタイトルです。先日ゲットしたシグマ 28mm/F2.8 マクロの写真 214215 をアップ。色味はちょいとフラットだけどよく写る意外な伏兵。実はこのレンズはズイコー 50mm とのセット販売、というかオマケだった。かなりボロッちいので単体では値段がつけられないのかもしれない。ネットで調べても作例はあるもののレンズ本体の写真やスペックは見つけられなかった。が、昔のレンズは距離計も絞り値も本体に印字されているので最短撮影距離や光学倍率などはそこを読めばすむ。このレンズは 1:0.45 なので E-410 で最近まで寄ると 0.9倍のマクロ撮影が可能なわけである・・・とかなんとか頭で考えてもダメね。マクロのキモとは「ギューンって(レンズを)せり出したら、ピントの微調整は自分が前後に動け。そしてモータードライブモード」と某板で教わったのだが、最後のトコが意味わからない。ま、やってみましたけど。


2007/07/08

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後悔する時間は反省に使え。


2007/07/07

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-854.html

いくら書いても、「違うな」「わかってもらえないな」という気持ちになってしまう。しかし、そもそも文章を書いていて、「そう、このとおりだ」「これでわかってもらえるぞ」なんて感じることはまずない。

MLA「書くのが大変なもの」より。ここ数回のやりとりを読み「フッ、sug ニブイな」と感じている方々が――名鏡さんを筆頭に――大勢いらっしゃると思います。ライブ・エラーこと春木屋です、こんばんは。自分の文章力の無さもさることながら知識不足(努力も足りない)をヒシヒシと感じております。森センセは自分がよく知っている領域ほど書きにくい。と述べてますが、自分の場合「知っている」まで到達しておらず、せいぜい「なんとなく感じる」のレベルで書いているのですから、ハガユサヒトシオです(人の名前みたいです)。

では、気を取りなおして真面目に。名鏡さんも個々の例を出しはしているけれど、それらを解決してゆきたいのではない、ということは解ります。もっと大局的に「ある種の文章にはそれに適した仕様があり、それを守ることによって筆者も読者も利益を得られる(得られやすくなる)」=「伝えたいことが知らせられる」=「瑣末な問題の解決はその結果として起こる」と考えているのだろうと思います。そして僕の意見は「文章のスタイルは固定せずに様々な形があって良い」=「ニーズに合えば伝わる」=「その一例として・・・」なので、最初からかみ合いようがない気がしてきました。

ネットにある情報は、例えば同じカメラについての文章であっても、用語集であったり、スペックを表組にした客観的なものや、(その人の)フィーリングについて書かれたものや、裏テクニックに絞ったものなど様々で、その中から読者が自分のレベルに合った情報、あるいは知りたい部分だけを選び出して読むことができる。だからこそ、筆者は想定した読者のレベルに応じて――作例のみを並べて評価は読者にまかせたり(ツンな感じ)、あるいは、説明なしで専門用語を連発したり(スピード感というか)自由に文章を構成できるのだと思う。これが「一様の書式になったらつまらないなー」というのが、僕が名鏡さんに突っかかってる(いっそ駄々をこねてる)理由なのでしょう。

それでも、ブログシステムの普及で文章のインデックス化やアーカイブの仕方、索引(タグ)による逆引きなどの部分はかなり画一的に仕様っぽくなってるし、逆に、マニュアル(電化製品の取り説のことですが)は簡易クイックマニュアル+詳細な本マニュアル(+ネット上での Q&A の公開)といった多様化に移行してきていて、両文章の歩み寄りを感じたりする。

あまり関係ない結論になるけど、自分の読者としてのレベルを上げようと思ったら、自分でも何か書いてみるというのが良い手なのじゃないだろうか。書き手の立場で「違うな」「わかってもらえないな」という気持ちが感じられるようになると、文章を別の角度から見られるようになるかもしれない。


2007/07/06

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-853.html

「見出しの後」シリーズ。前回の(データ)構造についての話は、名鏡恵さんにとって”釈迦に説法”なのじゃないか?とドキドキものだったのですけど、今回アップされた『見出しの違和感は構造ではなく実用性から』で文章構成の話題にシフトしたので多少気が楽です。ひとつの意見として読んでください。今回は常連さん(と想像している方々)にも興味ある話になると思います。いちおう今までの流れからの僕の意見は

さらに、大見出し小見出しへ間の地の文の有無はどちらも OK の立場です。名鏡さんの違和感はおかしい、という考えはありません。不安要素(笑)は僕が”技術的文章”というものにふれたことがない(電化製品の取り説レベルを想定して記事を書いている)ことでしょう。

一番小さいレベルで文章を読んでいた読み手が、内容に少し気になる点を見つけたとします。その読み手は、自分が想定しているのとは違う何らかの暗黙の前提があるのではないかと思います。そのとき、その読み手は、そのレベルで文章を読むのをやめ、自然に一つ上のレベルの見出しを探すでしょう。

自分もたぶんそうします。レベルが上がった時に、事前では見出しだったものが本文の代替になるよう文章を構成(大小見出しの内容を吟味)すれば解決するのではないでしょうか。最初の例文を中レベルで読むと

1. 紅茶の種類

のようになり、これだけでも文章として成立していると思います。どういう分類の方法かという情報(筆者がもっとも重視している)が不足することを懸念するなら

1. 産地による紅茶の分類

あるいは

1. 紅茶の分類

でも良いと思います。

これは我々が目にしているブログのカテゴリと同じ形式ではないですか。メニューバーに”Categories”という見出しがあり(この文言の良し悪しはおいといて)それに続くカテゴリ分けが適切で項目名を上手につけている、また付加情報となる、項目の順序づけや投稿数を表示(構成)しているブログでは、その部分を読むだけでサイトの特色や方向性、あるいは自分の必要とする情報がありそうかどうか、まで読み取れます。もちろん、”Categories”という見出しの後に「主に××や○○について言及しているブログです」のような説明書きがあっても僕はまったく違和感はありません。が、項目(=カテゴリ単一ページでは見出し。この時に見出しのレベルの変更が起きる)の内容の方を重点的に読みます。

大見出しが次の大見出しが出てくるまで続くというのであれば、そのレベルで考えたい場合は、その範囲のすべてを眺めながら考えなくてはならないことになります。しかし、次の大見出しは100ページ先だったりするということもありえます。

僕が筆者の立場だったら、中間になんらかの分類を設け、大見出し間の長大化を回避するように構成します。これも長く続けてログが膨大になってしまったブロガから「サブカテゴリが欲しい」という要望がでる現状が例になると思います。そう構成した方が情報を伝達するという目的の達成がしやすいと考えている、または直感的に知っているのではないでしょうか。

まとまりませんがムリヤリまとめます(^^)。これらのニーズにこたえることができるのは見出しの直後の地の文以外にありえません。この名鏡さんの意見は真であり偽でもあると思います。見出しの直後にあるべき地の文と等価となる内容を持つ小見出し(群)を作り出せれるのならば、本来あるべき地の文は省略されても情報の伝達は可能だと僕は考えます。また逆に、地の文を充実させるのにも文章であるかぎり限界があります。地の文だけでは理解不能な読み手の存在も 0 ではないでしょう。これは確かに構造の問題ではなく製作者の構成力や筆力に依存するものです。なので、僕にはムリかも・・・でも明日は少しでもましになろう・・・というあたりをオチにしつつ。

関連


2007/07/05

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ニッチな話題ですけど、わかる人にはわかるネタ。

足跡残して行ったら、隠れ家にならんじゃろー!


2007/07/04

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陽はまたのぼる。・・・ためにいったんしずむ。


2007/07/04

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名鏡恵さん@それは仕様?から三通目見出し(ちょっとメタなタイトル?)が届き、往復書簡っぽくなってまいりました「見出しの後」について。The Days of Web Standards 関連のブログで HTML5 に追加される <section> 要素の記事を読んでいる最中に、もっとドキュメントの構造ちゃんと考えろのセリフ(睡眠中もうなされるほど)が重なり、思うところもあって作図( CSS で線引き)してみました → 見出しと範囲

・・・例文まるごと転載なのはカンベンしてください。僕と名鏡さんとでは見出しとその及ぶ範囲(セクション)の構造が違っていて、それが違和感を感じたりそうでなかったりする原因なのだ、と考えました。sug 流[A,C] 名鏡流[B,D] が、それぞれ同じセクション分けです。ルールは

A,B,C では感じませんが、D については「整っていない」不自然さを確かに感じます。これは文章を木構造で見ているかリスト構造でとらえているかの違いと言えるでしょう。コンピュータに慣れた人なら、木構造=ディレクトリ、リスト構造=ファイル(群)と例えると理解しやすいです。それぞれの構造にはメリットデメリットがあって――名鏡さんがいつか詳しく書いてくれることを期待――リスト構造の利点とは、項目の検索・比較・並べ替え(移動)・削除が容易で実行速度が速いことなど、でしょうか。

以上の仮定から、技術的な文章では検索や比較(あるいは項目の移動や削除)が頻繁に行われる。それにはリスト構造であることのメリットが大きい。そのリスト構造を保つために、項目の見出しに対応する本文が最低ひとつはなければならない。と、こんな風に名鏡さんの思考をトレースしてみました。

いちおうイイワケも書いておきます。文章を木構造でとらえる(ワシね)ことのメリットは、子や孫の項目はそのすべての親の属性を引き継ぐという暗黙の了解があることです。「埼玉」と言った場合そこには「関東の」や「日本の」という意味を含んでいる。「省略々々」とマトはずれなことを言っていた理由はこれです。また、起承転結のある文章では項目の移動などよりも、その項目にたどり着くためのルートが重視されるため、木構造が都合が良い。

文章構造といったときに「なるべく HTML から離れて一般的に考えよう」としたのですけど、やっぱり自分は HTML の呪縛にかかっているのだと感じました。HTML の見出しは自身がレベルを持っているという点で特殊な存在なのです。ゆえに見出しのレベルによって範囲が変わるというのは HTML 特有のセクション分けの方法なのかもしれません。本来、見出しには見出しという意味しかなく、他の項目との関連付けられたのちにレベル(大、中、小)が決まる、とした方が柔軟でシンプルなルールであると思いました。

関連


2007/07/03

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-849.html

OM アダプタ+ズイコー50mm/F1.4

ドアスコープ写真の方が(自分にとっては)インパクチーだったので先になっちゃいましたけど、OM アダプタ+ズイコー50mm/F1.4 による E-410 ヒョウタン化計画の方も着々と進行してるのだよ(いいかげん「作例」に変わるコトノハが欲しい、209 をアップ)。とうぜん古いレンズなのでマニュアル撮影か絞り優先プログラムで使うことになる。D40 で練習しといて良かったー。が、D40 のように開放測光が使えず、絞込み測光のみになるので被写界深度の深い作図にしようとするとファインダが暗くなってピントが合わせにくくなってしまう(逆に考えれば F8 くらいに絞っておいてゾーンフォーカスっぽく使える(かもしれない))。開放で使うとキットの標準ズームとは明らかに違うビビットでソフトフォーカスっぽい写真が撮れる。これがレンズの持つ特性なのか、単にピントがあまいからとかレンズ内が汚れていることが原因なのかはわからない(そーゆう知識ゼロで運営している光画部なのだ)けど、自分的にはこの描画は全然オッケーで、よい買い物をしたと思っております。女性ポートレートなんかに使うとポワポワな絵になって喜ばれそうだけど、あいにく写真を撮らせてくれるような女の子が近くにいませ・・・(ああ、涙でピントが合わない)


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