Harukiya Archives

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2007/09/30

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-917.html

続、人生に最適解はないのつづき。コメントをくださった方々に上手く伝わっていないようで、自分の文章ってそんなに下手で解りにくいのか!?と自信を無くしております。

自分が自由であるためには、相手の自由も侵さないという、僕( sug )が勝手に考えている根源的ルールに同意いただいた場合には、共有テンプレートの説明欄に「××使用禁止」といった規約――ユーザの使う『自由』を制限する命令――は一切書くことはできません。もちろん、この前提を反対されるのも自由です。なので「禁止規約を書く」方向で話を進めるのなら、まずは自分が自由であるためには、相手の自由も侵さないというルールは認められない、あるいは、間違っている部分を指摘するなどして論破し、お互いの立場をハッキリさせてからでないと議論ができません(そこが「論点になるだろう」とあらかじめ書いておいたのだけどなあ)。


僕が考えてる以上に世界は広いので「自分が自由であるためには、相手の自由を侵してもよい」という信念の持ち主もいることでしょう。自分の頭で考え信念を持って規約を書く分には全然 OK と述べたのは、そういう人の「自由」も僕は侵害しませんよ、という意味です。ただし、そこまで決心して書いた規約でも、無効になったり破られたりすることはあります。それは、相手にも「(前略)相手の自由を侵してもよい」という、まったく同じ理由でしっぺ返しされるから、といえば理解しやすいでしょうか。

で、お互いの「自由の領域」を侵害しあう場合、ほぼ水掛け論になりますから(いわゆる泥沼)、第三者や法律を導入して解決をはかることになる、と思うのですよ。(以下、法律にはうといんで解釈が間違っていたら指摘してください>麻生(阿檀)さん)作者には著作権がありますから、譲渡の許諾の有無がポイントになります。ここで「規約」が生きてくるのですが、「アダルト・宗教・違法サイト×」といったような書き方で、これが「規約」であると認められるのでしょうか?「規約」(法律の場合は契約というの?)ならば、上記条文の後に”アダルトとはこれこれを指し・・・”とか”×(←使用禁止)、使用の範囲とは・・・”ついでに、あるのなら”例外として・・・”とか”有効期限”などが詳細かつ客観的に取り決められていないと契約書面としては不備、とされてしまうのでは?(「××ブログ使用×」← こんな書き方、法律をなめとる!って逆に怒られそうな気が^^)。さらに、絶対条件として、作家とユーザが規約を結んだ時点での条件が「契約以後、改変・改竄されていない」との保障が無いと、法律側もどちらが正しいか――譲渡の許諾が行われたか否か――は判断できないのじゃないかな(ここまで、素朴な疑問です。よろしく)。

あまり、言いたくないのですけど、共有テンプレート作家が”ある種の一部のユーザ”に自作のテンプレを絶対に使われたくないと希望するのなら、規約(法律)に頼るのではなく、方法は 2つしかないのです。

  1. 作家側が共有テンプレート(システム)にテンプレートを登録しない
  2. 共有テンプレート(システム)そのものを”ある種の一部のユーザ”には使わせない

2 の場合は、各作家によって該当ユーザ(使って欲しくないユーザ)が変動するので FC2 ユーザ側(つまり僕ら)からではコントロールは不可能です。現状では 1 しか方法がありませんよね?で、妥協点をちょっと下げると「規約」を設けて登録、となるのですけど、前エントリや上記で延々述べたように「相手の自由は侵害してもよい」という輩には、まったく効き目がありませんし、戦えば負ける可能性まであります(僕の法解釈があっていれば^^ですけど)。で、「規約」を上記したような詳細なものにして真剣味が増せば「使いたいのだけど『規約』=『作者の意志』を尊重したいので使用をあきらめる」というユーザは増えるでしょう。でも、そう行動するユーザは、むしろ作家に対して理解ある良心的なユーザと思われ、「この人達が使えなくなってしまう」ことの方が「無法者に使われる」より悲劇だとは思いませんか?――とまあ、こんな思考経路のすえ

と主張しているのです(また、解ってもらえないんだろうなあ)。

でもでも、僕の意見はストイック過ぎるので(力ない笑)、内緒の落とし所は現状維持(作家、ユーザとも少しずつ Lose )だろう、と予想してます。自然のバランスというのにはそれなりの理由があるものです。この状況を、なんとしてでも崩したいですか?

共有テンプレート(システム)は、僕らが一般的に行う契約とは仕組みが違うのです。ユーザ(買い手)はすでに決まっていて、テンプレ作家(売り手)がテンプレ(商品)を登録した瞬間に契約が成立する、と考えてよいでしょう(いや、ちょっと違うかな?この辺もご意見希望)。作家が規約を書こうが書くまいが、また、ユーザがその内容に納得しようがしまいが、あるいは極端な話、規約などまったく読まなくても共有(ダウンロード)できてしまうのが FC2 の共有テンプレートなのです。これが悪いと言っているのではありません。この仕様のおかげで面倒な契約(個々の規約)はすっとばして、スピーディに新作テンプレを多数のユーザに届けられ、また受取れもするのです。まあ、なんだ、テンプレ作家さんはメリットとデメリットをよーく考えて登録するのが吉。


2007/09/27

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-916.html

知人に「引越しが趣味」という人がいたが(引っ越して行っちゃったんで過去形である)、よくまあこんな苦行のなかから楽しみを見出せたものだと、その偉大さの認識をあらたにした。


2007/09/26

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-915.html

新居のライフラインが開通いたしました!といっても、ブレーカ上げたら電気ついちゃったし(埼玉弁では電灯がともることをこう言う)、水道は蛇口をひねると水は出た。ガスの開栓だけは立会いで、説明を受けてはじめて使えるようになる。でだ。今度の部屋は風呂の元栓コントロール(?)とか、お湯の温度の調節パネル(?)がキッチンにあるのだ、何故か。ガスのおじさん(イヤ、ワシとそんなに年の差ない)が「このスイッチがナニで、こちらがアレになります」と説明をしてくれたんだけど「(風呂に入ってからお湯ぬるすぎ状態に気づいたら、裸で台所まで来なきゃいけないのか?)」などと思いつつ、シャイなんで問いただせなかった。ま、ひとり暮らしだから裸でうろうろしてても恥ずかしくないし。


2007/09/25

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-914.html

次期購入のぱここん候補。5年経てば、また買い換えることになるのだろうし、自分の使い方なら、これくらいのスペックがあればじゅうぶん。ただなあ、ビスタってのがなぁ。新しい操作をおぼえられるかが問題だ。


2007/09/24

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-913.html

僕が「共有」という言葉からイメージするものは多々ありますけど、最も強く感じるのは「自由」です。同様に「規約」や「法律」から連想するものは「圧力」です。これらは相反するものではなく、また善悪で評価するものではないということも理解しています。自由は一歩間違えれば無責任になりますし、圧力が歯止めになり何かを守っているケースもあります。で、ここからが皆さん受け入れがたい、ようするに論点になるだろうと思われる「俺ルール」を書きますが、「自分が自由であるためには、相手の自由も侵さない」という信条が僕にはあります。ただ、いくら相手の自由を認めていたからって、一方的にこちらが侵害されることはありえます。また「相手の自由を侵す自由はないのか?」みたいなテツガク的な問いもあるでしょうが、その辺は、そういった状況になった時に考えよう(殴)と思っております。

「ですます調」が疲れてきたんでい通常モードでイク。「自分が自由であるためには、相手の自由も侵さない」これはシンプルに言っちゃえば「対等」とか「平等」という意味である。「共有」「自由」「平等」・・・なにか、とてつもなく青臭い理想論をぶち上げている気がしてこっぱずかしいが、少なくとも実社会よりは WEB という場所の方がこれらを語ったり実現していくにはふさわしいと思う。人は生れ落ちた時にすでに社会という(あまり自由ではない)システムに組み込まれちゃってるけど、WEB は参加する・しないというスタート時点からして自由かつ平等に機会が与えられているし、嫌気がさして止めるのもこれまた自由だ。

ようやく「平等」にたどり着いた(ただし「俺ルール」が前提となっていることを忘れてはいけない。この先というか、うちのエントリ読む場合は常にツバをべっとりと眉に塗っとくように)。麻生(阿檀)さん@ブログで小説!での意見

私は、WEBを富ませる人のほうが、WEBで大事にされるべきだと思っています。つまり、なにかを作りだせる人。

心情は理解できます。それでも、僕は、テンプレ製作者もそのユーザも平等であって欲しいと思うのですよ。確かに作られなければそれは無いのと一緒ですけど、使う人(ユーザ)がいなかったら、やっぱりそれは無いのと一緒じゃないですか?大事にされる=優遇ではなく、感謝することで作者にお返しとするのではマズイでしょうか。いったん優劣をつけちゃうと DL 数10000 の作家と DL 300(ワシね)のテンプラーでは DL が多い方が大切ということになりかねません(真実味ありすぎ。ああ、オレを引き合いに出すんじゃなかったー。とまあ、ジョークは(/ ̄▽ ̄)/オイトイテ)。FC2 ユーザ同士で共有しようというテンプレートに「誰々は使って良いけど、お前は使用禁止」と書いてはいけない、と僕が主張するのも同じ理由からなのです。


以下、私信。さて、平等というと思い出すクイズがあります。

結構、有名(名前はあるのか?)なクイズなので知っている方もいると思われます。答えは

  1. ベンが納得のいくまでジュースをビンとコップに二分する
  2. 先にルーシーが自由に選ぶ

これで、双方しあわせになれるというイカスやり方です。この方法のミソは等分でなくても構わないというところなんですね。お互いが納得できれば OK ということ。

「アダルト以外の人だったら使ってほしいのだけれど、アダルトに使われるカモシレナイのだったら、あきらめよう」と、共有供出を断念する場合、「Win」なのでしょうか?

例えば、ベンがルーシーに好意を持っていて、わざと片方を多くすることもできます。ルーシーが多い方を取ればベンの取り分は少なくなってしまいます。でも、彼はしあわせですね。逆の思いなら、とことん考えて自分が損をしないように分けるでしょう。そうしたところでルーシーが不幸せになるってわけではありません。分ける側が誰の思いを重視するかによって過程が違いますが結果は不変(Win - Win)です。こんなんで、答えになるでしょうか?


2007/09/23

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-912.html

マイ・ニュー・ルーム。いつまでも床の見える部屋でありますように。(-人― )"


2007/09/21

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-911.html

お片付けよりも楽なんで日記しちゃうワケだ、結局。ちょっとムリして、ぷろぐらま視点で書いてみる(すいません、マネです)。

ここに空( sora )というプログラムがあるとしよう。何をするものかはよくわからないけど、とにかく雄大なプログラムなんである。で、sora の状態を表す必要ができたので kaisei という変数を宣言した。が、これってどうなんだろう? sora の状態は快晴の場合が多いかもしれないけど、曇りや雨の時だってある。せいぜい、tenki とかにしといた方がいいんじゃね?――という具合にぷろぐらむこーどは今日も最適化されてゆくのであった(あくまでワシのレベルではね)。

このようにネーミングというのは結構だいじなもので、書き手と読み手が別人な場合や、膨大なコードの一部分を読みかえすときに、関数名や変数名(他いろいろ。思いつかない)が的確に命名されていることで理解しやすくなったり、名前を拾い読みするだけで何が行われるのかが予想できたりもするのである。

同じような例だけど、通常シェアするが、状況によってはまったくシェアしない場合もあるという正反対の値が入る変数に kyouyuu という名前はつけないと思うのだよね、プログラミング的思想をもっている人ほど。


2007/09/20

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-910.html

麻生(阿檀)さん@ブログで小説!より。結論から書いちゃいますけど、FC2 ブログの例のシステムが、例えば「ユーザーズ・テンプレーツ」なんていうネーミングだったとしたら過去のエントリはなかったでしょう。「共有テンプレート」とはこういうものだろう、というのが主題でしたので。

まずは誤解されているのでは、という部分の説明を。アダルト禁止規約無効などについて個別に考えたことはありません。FC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できるという条件を満たしていない共有テンプレートは「全部ダメ」というのが僕の論旨です。テンプレートであることまでは否定しませんが。

sug氏はこの公式マニュアルの一文をもって、FC2が共有テンプレートを「ユーザや使い方に制限を設けてはいけない」と定めている、と、解釈なさっていることがわかる。

ユーザや使い方に制限を設けてはいけない、というのは「共有」という―― FC2 ブログが出来る遥か以前からある――概念で「共有テンプレート」はそれを継承した仕組みだと捉えてます。なので、公式マニュアルの一文の方が従であって、この文言の有無は僕の解釈に影響していません。「ま、FC2 側も同じ理解なのだな」という補強や再認になるとはいえるでしょう。

法律にはうといのですけど、第六十三条  著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる。という一文は、利用を許諾しないことも可能で、それは著作権者の自由意志で行える、という意味ではないのですか?この案件では、その意志決定の条件としてFC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用云々があるだけなので、テンプレートを持っていたとしても「利用して欲しくない人がいる」あるいは「簡単には使わせたくない」、だから共有しないという手段が著作権者の前に常に提示されているはずです。

これらを読み合わせると、公式マニュアル「FC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できる」と規約「共有テンプレートの著作権は共有テンプレート作者に帰属」は矛盾する。

FC2 ブログの掲げる条件に同意して自分の意志で登録する以上、矛盾は起きません。

また宣伝をかねて wreathe の話を書く。 wreathe は共有テンプレでFC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できます。で、作者も完成度も愛着も、ほぼ同レベル(当社比)なテンプレである現在使用中の minimal2 を「春木屋愛読者、かつ日記書きの 20~30代の女性限定」(誰もが使えるわけではない。というか該当者がいないだろ)という規約付きで、このエントリでソースを配布したとします。どちらにも矛盾も問題点もないし、また、著作権は両方とも僕にありますね?数学の場合なら両項が同じものは整理できるので、作者や完成度や愛着や著作権は消せます。同じテンプレなのに、フリーであったりシバリガチガチな物があったりする。それは何故でしょう。

利用規約というものは「どのような仕組みで」あるいは「どこで、どのような範囲に」適用するかに関わる属性なのです。WEB に限らず、やたらと規約が提示してある場所を思い浮かべると共通点があることに気づくでしょう。著作権とのみ結びついていると考えてしまう人はその背景や本質を見落としているのじゃないかな。

FC2 ブログ共有テンプレートは各ユーザ全員が見られる管理画面を通して配布されます。ここ以上に「FC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単」に適合する場所はありません。そしてここで提示するからには、目にした人すべてが利用できるようにお膳立てが整っている必要があります。そのための条件がFC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できますであり、「共有テンプレート」というネーミングにこめられた想いなのだ、と僕は考えています。

最後に。自分の管理画面なのに自分には使用禁止、「使えない」でも「使わない」でもない、「使ってはいけない」と書いてある。そんな機能があったとしたら、あなたはどう思いますか?また、その機能にふさわしい、あるいは不釣合いなネーミングとは何ですか?

関連


2007/09/16

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-909.html

本の山を切り崩し、某ほんだらけに売りにいく日々。ワンコン(容積 30リットル)で 5回、でもまだ半分ほど。値のはりそうな実用書やコミックから処分を進めているので、2万 5千ほどの売り上げになった。こういうの買取の相場って十分の一くらいだろうから、約 50万円分の本を処分することになる。家電(とかパソとか自転車とかレンズ)も総取っ替えする予定だし、契約金やらなんやらで 100万近くかかりそう。こう、金の計算をしてみると結構ビッグイベントなんだな、引越しって。

最近の賃貸物件には、エアコン・照明・冷蔵庫・クローゼット(って電化製品じゃないですけど)とか最初から付いてる部屋がある(ひと昔前は「風呂付き」だってゼイタクだった。いつの人だオレは)。実際のところ広さの違う部屋へ引っ越せば、使えなくなる家電もあるので合理的な作戦である。TV は今後使う予定がないけど、部屋が広くなったらやっぱりデカイ画面がいいと思うに違いない。いずれ「部屋サイズに合った大画面 TV 付き」なんて物件も出てくるだろう。パソコン付き物件は、まだ微妙かなあ。自分的には今のスペックで全然問題ないのだけど、まだまだ進歩していっちゃうんだろうしね。生活に必要なものは生活空間にすでにそろっていて、住居を変わるときに極力モノを動かさない、という事こそ今後のエネルギー問題を緩和するヒントになってゆくと思う。移動してるのは自分の体とコンテンツだけでメディアは動かない、それが理想だ。

かたづけたくないからってエネルギー問題まで出してイイワケするな。


2007/09/13

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-908.html

引越し準備をぼちぼちとやっておる。各部屋(トイレ含む)に分布というか分散、あるいは離散、いっそのこと拡散している本(主に雑誌やコミック)を「これは保守、こっちは廃棄」って分けるためには内容の確認が必要だよね?→読み入ってしまう。というオチイリガチなトラップにはまってます。1999年に休刊になった Inside Windows(かなりマイナ(だと思う))って雑誌がほぼ全部そろった状態で発掘されたのですけど、リサイクル価値とかってあるのかなあ。パソコンやソフト関係の技術書(情報)って時間の耐性がほとんど無いよね(例えば、カメラ雑誌だったら 10年前のものでも読む・見るところがあったりする)。もっとずっと未来になったら「クラッシックパソコンとソフトウエアを楽しむ」みたいな趣味が流行ったりするのだろうか。

「とりあえず全部持って行って、捨てたくなったら捨てよう」とか、最初の目的を完全に見失った(でも、楽な方向へ)心揺れて哀しくなるよ by 劉亦菲。あ、あと「悲しくなる」といえば KDDI にヒカリナントカを申し込みに行ったら、新居周辺はサービスエリア外でした!


2007/09/08

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-907.html

えっけんさん@ekken(サイト名変えたのですか?)やその経由で「無断リンク禁止」周辺の話を読みながら、ひとりブレストして考えたことなど。

いきなりネタっぽいですけど、リンクの定義が世間一般( WEB 界隈)と自分の感覚とではズレがあります。

と、まあこの辺が世間一般でリンクと呼ばれるものでしょう。が、自分の場合はこれに加えて

などもリンクと認識している。ようするに、アドレスとファイルが結びつけられた状態はすべて「リンク」「リンケージ」である、と言葉どおりに受取っています(つまり、内容を確認=「無断リンク禁止宣言」を知る前に成立してしまうリンクもあるのですねー、といったヨタ話は(/ ̄▽ ̄)/オイトイテ)。で、「無断リンク禁止」を宣言している人も僕の考えているリンクと同様な範囲を含んでいるのじゃないかな、と思ったりもするのですよ。例えば、うちのサイト(平均 20ビュー/ 1日)から無断リンクされるより、学校の授業で使われるパソコンに「無断お気に入り」されたり履歴が残っていたりする方が、予期せぬ来訪者の数はずっと多くなりそのぶん心労?も大きくなるのではないでしょうか(教材パソコンは管理者権限で設定をさわれなくしてあるという可能性もありますが。まあ、例なので)。

実のところ「無断リンク禁止」を宣言している一部の人の本心は「無断」や「リンク」そのものが嫌なわけではなくて、不特定多数に読まれる/見られるだけなのがつまらないと感じているのではないでしょうか。本当は、ただ反応やコメントが欲しいだけで。許可制にすればリンクを与えるときに相応の理由や感想がもらえるはずだ、と、その裏返しの気持ちが「無断リンク禁止」という言葉になって現れているように感じるのですけど、深読みしすぎですか。

だとしたら「無断リンク禁止」という言葉はアクが強すぎて逆効果になってしまう気がするのですけどね。「感想をください」がストレートすぎてこっ恥ずかしいなら「足跡残していってね」とか。そういえば、ゲストブックというのも最近見かけなくなりましたなあ。で、ついでというか本題。共有テンプレにおいても、テンプレート説明の欄に「××禁止」なんて書いちゃうから、規約違反だ!とか、強制させる方法は?とか本筋から離れていってしまうのではないのかな。誰も、使って欲しくない人を想定してテンプレを作っているわけではないでしょう。喜んで使ってくれる人や新作を待ち望んでいる人を想って日夜努力しているのだと思います。そういう人たちに向けたメッセージを送った方が気持ちよくないですか?自分も相手も。


2007/09/06

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-906.html

出来上がるまでが勝負なのが職人。出来上がってからが勝負なのが営業。

2007/09/05

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-905.html

時折、ふと考えるテーマに「成長とはなんだろう」っていうのがある。といっても生物学的な「でかくなる」とか「変態する」とかその辺じゃなく、オールマイティに使える定義みたいなものを。「より、良くなること」でもいいのだけど「良い」の意味なんて人それぞれなので正確には伝わらないだろうし、「過去とは異なること」だとマイナス成長(どちらにしても成長の定義は別に必要だ)にも当てはまっちゃうしなーと悩みはつきない。とりあえず「完璧を目指している状態」ってのが自分的にお気に入りの答えである。これが、ずっと長いこと観察していてもわからないヤツ(ワシ自身とか)もいるし、数分間、言葉を交わしてるあいだにも「ああ、成長してるなー」と感じさせる人もいる。後者の人たちに共通してる点は、”現状に満足していない””常に疑問を持っている”ということかな。じつのところ「パーフェクト」と呼べるものは世の中にそうそうは無い(野球とボウリングにはある ← どうして最後までマジメに書けないんだ>ワシ)。だが、イメージすることはできるし、ならば、目指すことも可能なはずである。結局、成長をとめているのは諦観という自分自身のもつ理由に他ならないんだろうな、と。


2007/09/04

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-904.html

本年の現実的目標である、新居の契約を交わしてまいりましたッ(やる時はやる男なのだ。この手のフレーズって当たり前のことを言っているだけのような気がするのだが)。会社を点 A として現住所とはちょうど点対象の位置にあたるので、通勤距離やその所要時間は変わらない。家賃も現在とほぼ同額。部屋数が減ったが、なぜか使用面積は増えてる(ガクゼン)。辺鄙さのグレードがアップ(駅より徒歩 25分)して、コンビニも遠けりゃ自販機も見える範囲にはなかった。夜にはまったく人気がなくなりそうなロケーション(ただでさえ埼玉の夜は早いのに)。建物が新しいのとお目当ての新方川(どこやねん)へのアクセスのしやすさが決め手となった。

今のアパートの解約に 1ヵ月かかるので、その間に要らないブツを整理して必要な物をそろえていく。

テレビ捨てる―新しいパソコン買う。ベットはフレーム部分は捨てる―光ナントカを引く。「いつか読むだろう」系の蔵書は捨てる。のはもったいないので売却―小粋なチャリを買う。一年以上ソデを通してない服は捨てる―明るめの広角レンズを一本買う。うーむ。我ながら、生活感ゼロというか遊ぶことしか考えていないような気が。


2007/09/02

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-903.html

ま、「転載問題」にしても「実名問題」にしても、ワタクシが過敏に反応(笑)する WEB 上での事がらについて自己分析してみると、問題の根底に「他人をコントロールしよう」って意志が見えちゃうとダメなんだな。そんで、君は何故そうしたいのだ?と考えてゆくと、大抵は「自分がコントロールできてない、自立してない」ことが原因で、そのツケを相手にまわそうとする魂胆が気に入らない。相手に何か要求する前に、自分で出来ることはすべてやったのか?と言いたい(今、言った)。


2007/09/02

http://sug.blog2.fc2.com/blog-entry-902.html

daniel 氏の新『共有』についての私案。時流に取り残されてるのでよく知らないのですけど、何か改変されるような動きがあるのでしょうか?それにしてもサポートの義務付けってのはムリがあるのじゃないかなぁ。人気テンプレは質問や問い合わせの数も半端じゃないだろうし。むしろ、真の共有テンプレートならば、それは「 FC2 ユーザみんなのもの」なのだから、サポートや改造指南はユーザフォーラムへ誘導して有志全員で行うべきで(ようするに現状なわけだが)、テンプレ作家は製作に専念してもらった方が共有システムとしてはスムースに動くと思うのだけど。適材適所ってやつね。

自分のテンプレの話を書こう。僕も wreathe という共有テンプレートを登録したが、この HTML 部分は R'style さん@R'style Lab in FC2 配布のソースを利用させてもらっている。登録前にソースの取り扱いについて問い合わせをすると、どう使って頂いても構いませんとの快諾をいただいた。その節はお世話になりました。登録時に、いわゆる”利用規約”というものはつけていない。FC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できるという共有テンプレートの基本的条件に反するし、R'style さんのオープンソースの思想を受け継ぐことこそ大切だと思ったからだ。登録後、最初にコメントをいただいたのは Chako さん@BeigeHeart_べーじゅのこころこれでやっと、sugさんのソースをお手本にできますとの事(まあ、お世辞抜きにしても反面教師として役立ったのでは?と自負している)、「ああ、こういう利用法もあるのだな」と感想を持ったのを覚えている。その節はありがとうございました。

ここに登場する 3人と FC2 の規定は「共有」の意味を正しく理解していると思う。共有とは、そのユーザや使い方に制限を設けてはいけない。これが基本である。そこに「何とか権限を持たせたい」と考えるから、バランサーとして「義務」といったものが生じてくるのではないか。

以前も書いたので繰り返しになるが、テンプレ作家は絶対的な権利としての作品の登録可否――使われたくない者には一切使わせない方法――がある。FC2 側の条件に反する規約(差別やシバリ)などは加えずに、なんらかの不満があるのなら、この権利を行使すればよい。いったん登録されたテンプレートには、権利も義務もない(あえて言うなら、ユーザ全員が権利と義務をも共有している)と自分は考えている。では「作ったヤツは骨折り損のくたびれ儲けか?」というと、そうではない。共有テンプレートには管理画面 150万ページ(推定)での紹介・検索も可能・ワンクリックで DL できる、とさまざまな特典が用意されている。それは、FC2ブログのユーザーなら誰でも、簡単に利用できるテンプレートにのみに与えられる栄誉でもあるのだ。

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