犬尾太さんのblog犬尾太「社会の窓」の中のカテゴリで連載されている「オンライン文章作法」を読みました。
プロの物書きの方のよう(詳細はプロフ参照のこと)で、文章の作法に関してわかりやすい言葉で書かれています。僕も、たまには良い、あるいはまともな文章を書いてみたいと野望をもっているので、ヒントになることがたくさんあります。
少々辛口なので、ダメな例が当てはまるとへこみますが、色々な示唆をいただいたので今日は力を入れて書きます(一滴も呑んでません)
テーマは6章にあったクエストについてです。
ほかの人のブログを読んでいて、よくわからない点があります。なんで改行のあとに1字下げ(1字あけ)をしないのか、ということです。
ほら、こんなぐあいに改行のあとは1字ぶんあけるのがスタンダードじゃないですか?
(blog犬尾太「社会の窓」: 「オンライン文章作法」その6)
字下げというのは、原稿用紙に文章を書くようになってからできたルールだと思う。江戸時代の文章では字下げしていない。段落の概念はあるのかもしれないが(調査不足はつっこまないでね)、見た目でわかるような改行や段落はない。これは、当時紙が貴重品でスペース効率を追求したためと思われる。やがて、製紙や印刷の技術が高まり原稿用紙が生まれる。
まず、なぜ原稿用紙に文章を書くようになったら、字下げが生まれたかを推察してみる。多くの原稿用紙にはマス目がある。これは「どうしたら文字を書きやすくできるか?」のアイディアだろう。それまでおおよその縦列で並べられていた文字列に縦横の区切り線を加えて、誰もが同じ大きさ同じ間隔で文字を記すようにと規格化したわけだ。
また別の方面では「どうしたら文字情報を正確に伝えられるか」と探求するムーブメントがあったと思われる。こちらの方は原稿用紙誕生と同時期に限ったものではなくて、文字が生まれた時から続く”伝達する”という永遠のテーマだと僕は思う。そのためには読めることが不可欠であって、読みやすいことがより価値が高い。表現方法や文章構造だって、突きつめれば受け手(読み手)のためのものだ。
話を元に戻す。この”マス目(グリッド)に文字を書く”、”読みやすくするには?”というふたつの状況から「段落の始まりを、原稿用紙の横線のn本目に合わせたら明示的じゃないか?」と、誰か(調査不s)が考え出し、やがてルールに昇華したのではないだろうか。(n本目としたのは、作家によっては数マスあける作法もあるので)
つまり、ここまでの仮説が正しければ以下のようなことがいえる。
そしてコンピュータが作られ文字をデジタル化して保存・参照するようになった。ただ紙に書かれていた文章が、原稿用(の)紙へと書かれるようになって書式が変化したのと同様に、コンピュータで文章をやりとりするための約束も色々と考えられ最適化あるいは消えていった。文章のルールはその媒体(メディア)と深い関係があるのだと思う。WEB文章といえるかはあいまいだが、コンピュータで書く文章と電子メールは切り離せない。そして電子メールには以下のような書式のルール(の一部です)がある。
これは書き手と読み手の環境が同じではない可能性があるので、その差を吸収して読みやすくするためである。文末でないのに改行してしまうと、それだけでは段落を表せなくなる(それ以外にも連続した文字列では”間”を取らないと読みにくい)ので空行を挿入するのだと思う。「文の終わりでなくても改行する」という行為は、それまで原稿用紙に文章を書いてきた人ほど、不自然に感じたに違いない。
さてこの場合、すべての改行を取り除いても、読みにくくなるだけで文章の意味は変わらない。改行は文章構造ではなく見映えの一部ということになる。しかし、改行の後に空白を入れてしまうと文章はそこで分断され、意味が変わってしまう危険がある。段落の始まり(改行2回の後)に空白を挿入するのに問題はないが、段落の明示は空行ですでにされている。ムダなデータを省くために段落頭の空白は不要という最適化が行われたと想像する。
読みやすさのための、原稿用紙に書かれた文章のルールとデジタルでやり取りする文章のルールには、共通する部分もあるだろう。しかし、まったく同じ手段を使う必要はない。本来の目的を見失わなければという条件がつくが。
さらに「HTML文章と字下げ」につづく(かも)
< ふたたびテスト中 | HTMLってなんだろう > | 表紙へ戻る |