Harukiya Archives

2005/11/19

category / diary

仕事のお客さんのお通夜に出席。その翌日、知り合いにお子が誕生と、今週はハイコントラストなできごとがあった。そこで生と死について(ライトに)考えてみる。

人はなぜ生きるのか?”については、極たまーに(嫌なことがあった時などに)考えたりするわけだが、今まで「これ」といった解答には至っていない。たぶん似た問いの”何のために生きるのか?”や”人生の目的は?”などに答えられる人なら、あるいは解っているのかもしれない。ま、強いていえばある言葉が思い浮かぶのだが、後味がよくないので割愛しておく。では、”人はどう生きるのか?”について。

これは、ずばり”楽”がキーだと思うんですよね。より楽に生きる。楽しく生きる、楽しんで生きるも同じこと。(やっぱり音楽って偉大な発明だと思うよ。脱線)今ちょっとした苦労をしていたとしても、それは先の楽につながるからやっている。まれに、どうしてもバッドエンドなシナリオばかりを選んでしまう人もいるけど、それは結果であって目的はハッピーエンド(楽しみたい)なわけです。

社会人なら、仕事は大変な苦行だぜぃと言われるでしょうが(と思わない幸せな人もいる。その人はすでに楽しんでいるわけだし)、それでお金を得て飢えずに済んだり(自給自足ならより困難だ)、趣味につぎ込むためと思えば、結局は、楽する・楽しむためってことになりませぬか?同様に、学生は未来で楽に生きられるように勉強しとく、と。

で、なぜ”苦”よりも”楽”の方へと向かうのかというと、それは自分の時間が限られているからでしょう。どう過ごしていても、いつかは死んじゃう。ならば、やっぱり楽した・楽しんだモン勝ちだからね。短絡的?(人間の進化の方向が”死なないように”だったとしたら、動かず、変化せず、自意識を表さず(どれもエネルギーの変換を行わない)の、無生物となるだろう。いや、思いつきで書いている。断らずとも常に思いつき95%だ)

それで、楽キーでどんな良いことがあるかというと、ある作業で楽しようと思えば、そこに工夫や発明が生まれる。また、ある状況を楽しめば、それは強烈に記憶され後に思い出すだけで擬似ハッピーな時が得られる。死んじゃえば記憶もナニも無いだろうと思われるかもしれないが、その辺はDNAというチップに刻み込まれるので心配無用。記憶本体はデータ量が大きすぎるので、キーや条件だけが記録される。しかも常時更新(思いつきとおりこしてデムパ)。そのチップ(まさに集積回路)は次の誰かへと継がれてゆく。第六感とか一目惚れとかはこの説で解明できるのだ。ホントか?

最近ちょっと良いことがあった。ハッピーエンドにはならないだろうけど、今の状況を楽しんでいる。それがトリガになって過去の記憶も甦ってくる。”生”とはログを蓄積し再生する行為なのです。


writeback

  1. あっこ : 「ヤな事は先延ばし」とか「明日できる事は今日やんない」とか「知らない幸せ」とか。えぇ、やっぱり楽しい事優先して生きてんだろうなぁと思いますね>自分。
    山中鹿之助じゃないけど”願わくば我に七難八苦を与え給え”たって、それが楽しくなかったらねぇ。カタルシスってのは難業苦行の大きさ深さに比例して与えられるもんですし。

    >最近ちょっと良いことがあった。ハッピーエンドにはならないだろうけど、今の状況を楽しんでいる。
    良うございました。エンドにしないでエンドレスを目指して・・・・。とは言え、いつかはどんな事でもエンドにはなっちゃうんですけどねぇ。それも人生ですわねぇ。(←おばさん的発言)-20日03時
  2. マス : >「ヤな事は先延ばし」とか「明日できる事は今日やんない」
    おかずひとつ取ってみても、真っ先に好きなものから食べる人、好物は最後に取っておく人、どちらも楽しみたいがためで、本質には差はないかと。
    同じ事象なのに、残りは嫌いなものだけだー、好きくないものから食べてたらお腹いっぱいになっちった!と、とらえるとちょっと不幸ですね。-20日19時
  3.  


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