眠っていたのだとばかり思っていたから、ちょっと驚いただけのことで。
「お月見しない?、今から」
「ん?じゃ、煙草タイムにしよう」
送り羊について考察しながらハンドルを握っていた僕は、答えを見失い、さらに深い階層にある別の問題域へ突入したところだったので、この誘いにのった。ニコチンが切れていると良い――と思われる答えすら出ない自分なのだ。
無理な体勢でウィンドウ越しに空のより暗い部分を探して進む。国道をはずれ、少し行くと、黒い帯のような川があらわれる。何台か停まっている違法駐車の群れに鼻先を割り込ませてエンジンを切り、外に出た。まるで、何年も運転していたかのように固まってしまった体を伸ばし、ついでに空を見上げる。月はまだ満月を建設中のようだった。
大橋を歩いて渡って、すぐの側道を戻ると河川敷に出られる階段があった。なんとなく川下の方角を選んで歩き出す。遠くに高層ビルの明かりが瞬いている。”お月見”のことはもう忘れてしまったのか、君は川ばかりを見ている。
「一日中、あなたのことを考えるのに使ったわ。あなたは?」
「夢の中にいるのか夢を外から眺めているだけなのか、って差だね」
堤防に遮られ街灯の光はとどかずに水面は暗かった。橋の上を大きな車が通り過ぎる時だけ、波は小さなシグナルを返す。見えていなくても水はとうとうと流れ、アピールする機会を窺っている。いつでも。人の想いに方向があるのだとすれば、それが流れ続けるものならば、どんな時に見えるのだろう。川面に消えていく煙草の煙は、少なくともこの月明かりでは、ぎりぎり足りなそうだぜ、と囁いた。