労力をかけたものが必ず良く見える、という目は節穴である。
またまたMLAより。
プロジェクトX ”運命のZ計画”(日産フェアレディZを作った男達)で感動したのは、軽量化のエピソードだった。何を省略するのか、どこまで削っても破綻しないか、を見極めて試行錯誤することは、何かを付け足してゆくよりもはるかに労力のかかる作業だと思う。そしてその痕跡のほとんどは見えないところにある。
writeback
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>なにもしないことがデザインだ
デザインとは「デコレーション」ではないにしろ、何かを付加していく行為である以上「なにもしない」というわけにはいかないのでしょうか。
以前2ちゃんで、iBookみたいな凹凸も継ぎ目もない白い板をこさえるようなジョナサンアイブのプロダクトはデザインじゃなくて、デザインを放棄したもの、デザイン以前のものだ、という批評がありました。
(そんなことより、アプルはもお apple "computer" じゃなくなってしまったのがショック。 いまだに iTMS って呼ばれてるけど、こっちも名前変ったし)
軽量化といえば、レッツノートが筐体に小さい穴をたくさんあけて、できるだけ軽くしてるってのは涙ぐましかったです。
劣ノートより、Flybookのほうがほすいですが。
http://www.flybook.co.jp/-12日00時
国内で出版した時に、ワシ(森センセイのことね)が OK 出ししたのだから、そこで完成しとるんじゃー。デザイナなら「完璧です。手を加えるところはありません」ってゆわんかー・・・てな感じに読み取りましたけれども、僕はこの日記を。(← ホントにファンなのか^^)
この手の話は好きですね。
デザインってのにもいろいろ意味があるのでしょうけど、僕が一番しっくりくる和訳は”設計”です。モノを設計するときには、どうしても安全マージン(同じだ)を多めに取ってしまうと思うのですよ。例えば、製品のボタンにアイコン+テキストを入れてしまうとか。
少し気の利いたデザイナならば「どちらか片方だけあれば良いのでは?」と考えるだろうし、優れたデザイナなら「なぜボタンの意味を知らせる必要があるのか?」――つまり、同じようなボタンが多すぎるとか、間違えやすい位置にあることが原因だ――と考えるのではないでしょうか。
洗練されたデザイン=設計には直感的に使えるものが多いと思います。ユーザが求めているのは使えることではなく、使ったことによる結果なので”使いやすい”とすら思わせないデザインこそが良いデザインなのだと思います。
これが、芸術的デザインとなると、正反対な意味合いになるかなーとか思いながら。-12日21時