「他人の気持ちがわからないなんて、冷たい人ね」みたいな事を言われる。わりと真面目かつ重めな話の流れの中で。自分でもハートウォーマーなタイプではないことは承知しているけれど、それは『他人の気持ちがわからないから』なのだろうか。ある出来事があって、普段と様子の違う人がいる。悲しんでいるのかもしれないし、怒っているのかもしれない。あるいは、その事を忘れようと無心で目の前の仕事に打ち込んでいるだけなのかもしれない。そんな時『君の気持ちはわかるよ』(実はわかってない確率が高い)と言葉をかけることが優しさとは思えないのだけど。
そもそも、自分の気持ちだって複雑で的確に表現することもできないのに、他人の気持ちに『悲しんでいる』とか『寂しがっている』と安易にラベリングすることの方が乱暴なのではないか。自分のケースに当てはめてみると、気持ちや感情はみずからが処理するものと考えていて、悩み事がある時にはほおっておいてもらう方が解決(しないまでも折り合いをつけるの)は早い。だから、その人にも何もしないでいる。そうか、放置してるってところが『冷たい人』なのか。ここはひとつ『見守っている』と誤解して欲しいところである。
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や、本人が何も言わないなら放っておくべきでは?「どうしても言いたい!言わずにいられない!」場合は当事者同士が話せば良いんでないの?うん、私なんかはそう思うんですが埋められますかねぇ?
女同士だと互助関係なんですよね。「貴女の話も聞くから私の話しも聞いてね」で。これが一方的にグチグチブチブチ言ったら相手にされなくなる。
「様子がおかしい」と気付くだけで冷たい人じゃないと思いますよ。つか、人の気持ちがわかるなんて無理。それを前提にしないとただの偽善者になっちゃうと思うんであります。僭越ながら。はい。-25日00時
>や、本人が何も言わないなら放っておくべきでは?
日頃、めさ快活な人が無言でくらい顔をしている、と。「どうしたの?」くらいの気遣いはあっていいんじゃない?という意味で言われたのでしょうし、それは、もっともだと思います。
「誤解をおそれずに(何か)言えば」って、自分へ向けたタイトルなのです。-25日12時