2007/03/25
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web
過去、ここに書いてきたような「時間」や「鏡像」や「コンピュータ」とは?のような、自分の認識・定義としての「WWW への公開とは」を書いておく。(どうせグチャグチャになるので)先に結論から。(1)まず自分ありき(2)次に相手がいること(それは旧知の仲な場合や未知の不特定多数の場合もあるし、人間でない場合だってある)(3)最後に両者のバランス、がキーであると考えている。
- 自分の場合、コンテンツを広く公開したいという欲求よりも、書く(作る、写真を撮る)行為そのものへ興味の方が大きい。シャレや屁理屈、たまにプログラミングのようなまっとうな理屈を考えたり、散歩しながら写真を撮っている段階で、すでにささやかながら満足感は得られ、自分なりの評価判定も済んでいる。なので、それらのモノをどう利用されようが完全スルーであろうが、いかなる結果であってもかまわないと考えて公開している(かまうものは公開しない)。もちろん、共感されたりコメントをいただけることは嬉しいし、次へのネタにも繋がるので歓迎である。だが、それらはあくまでも余禄のうちなのだ
- では、何故、その(どーでもいい)コンテンツをアップするのか?については、過去に世の中は等式でできているや共有テンプレートとは何かの後段に書いてある。自分にとってコンテンツの公開とは、WWW で受けた恩恵や FC2 ブログを使わせてもらっている対価を返そうという行為なのです(深月さんのコメント参照)。ネットを使い始めた時、自分は ROM ばかりで、数多くの面白い文章やためいきの出るような写真を、好きな時に自由に観覧させてもらってきました。そこで出合った先人達の「見知らぬあなたへ」の姿勢から
Publishするということ
とは何かを学び、実行している(つもり)。ちなみに「親からの恩は子に返す」に近い感覚です(子供いませんが)
- バランスについては色々あるのだけど、ひとつだけ。僕は WWW 上にある個人のコンテンツに著作権は不要と考えています。自分の権利を侵されたくないということは、他人の権利も侵さないというバランス感覚から、自分が上げようとしているコンテンツやアイディアが、過去に誰かがどこかで発表していないかを確認しなければならなくなり、それをするには WWW はあまりに広大すぎる。ならば、そんな面倒な権利はいらないという理由。著作権で保護されるべき創作物は、法の整備された社会や国家レベルの狭い範囲で配布なり販売するのが良いと思います、今のところは
とまあ、これは僕だけの考えなのかもしれませんけれど、上記のような理由でコンテンツを公開している以上、俗にいう”パクられた”としても、そこからも情報(本質的には借金返済)が広がっていくのなら御の字だなあ、とか思いますね。パクッた人間は本家以上のコンテンツを作れないからそうするのでしょうし、配信元は広めることに粉骨砕身せずに済み、次のコンテンツつくりに集中できて時間の節約にもなります。最後にCSS關係者に37の質問に答えてみたの中からあなたにとつて、ウェブとは何ですか?
という問いへの回答を書いておきます。
面白い、怖い、果てしない、しかたない。
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